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現役Webライターの頭の中、仕事のこと、猫のこと。

【ペットロス】癌(がん)でこの世を去った母の話

空と太陽と虹 Photo by photoAC

同居の義母が亡くなったのは、まだ梅雨が明けない6月のことでした。梅雨だというのに、連日雨が続いていたのに、あの朝は柔らかな日差しが窓から差し込んでいて。暖かな日の光に包まれて眠る母の顔。一生忘れることはありません。

 

義母という人

義母は人と動物にやさしく、時間に厳しく、何より習慣を大事にする人でした。

変わることを嫌い、みっともない行いを嫌い、清く正しくあろうと一所懸命である義母の姿は、今考えれば「私に足りないもの全て」だったように思います。おまけに美肌で容姿端麗というのだから非の打ち所がありません。

 

そんな義母と出会って約8年。義母からは、人として、妻として、母として、たくさんの大事なことを教わりました。夫と出会っていなければ、義母と出会っていなければ、今の私はなかったというほどに、義母は私にとって大事な母であり師でした。

そして、夫と二人で過ごす今、夫を通じて義母から教わることは現在進行形で増えていっています。

 

義母がいないリビングはどうしたって寂しくて、二人で哀しみに暮れる時間もまだまだ多いけれど、そんな毎日が日常になりつつある今、きちんとこの気持ちを書き留めておこうと思います。

 

ペットロスは心の深い場所で進行するのかもしれない

義母の癌が見つかったのは、愛犬を亡くして1年が過ぎたころでした。

癌が見つかる前年の冬、「最後のこども」といって愛してやまなかった愛犬の体調が崩れ、毎日のように動物病院へ通うことに。

治療の甲斐なく愛犬は義母に撫でられながら息を引き取り、義母は愛犬の死を受け入れられない日々が続きました。

 

愛犬が虹の橋へ渡ってからというもの、義母は自分を責め続け、後悔の気持ちを語ることが多くなりました。表面上は笑っていても、心にぽっかりと穴が空いている状態。口では「大丈夫よ」と言っているけれど、見ていて辛くなることもしばしばでした。

 

ある日、義母の口から「私、ペットロスなんだと思う」と伝えられたのは、愛犬との別れから1ヶ月を過ぎたころです。私や夫は、義母が少しでも寂しさを感じないように、皆でリビングにいる時間を増やしたり、義母が大好きな映画やドラマを快適に観られるようにと環境を整えたりしました。ときには愛犬への気持ちを語る義母と一緒に涙を流したり、楽しかった思い出を語り合ったり。

 

こうして少しずつ義母の笑顔は増えていったのですが、表面的に見えるものとは裏腹に、月日が経つにつれて義母は体調不良が目立つようになりました。

 

食欲の減退や体重減少、冷えの悪化や消化器の不調。挙げるとキリがありませんが、約1年という短い間に、義母の身体にはさまざまな不調がありました。病院へ行ってみようと促すと「大丈夫、大丈夫」と明るく流され、仕事と趣味を生きがいに毎日を過ごしていた義母。

 

そんな義母が「病院へ連れてって」と口にしたのが、愛犬が亡くなって1年が過ぎた春のことです。今考えれば、義母のペットロスは目に見えていた以上に根深く、義母本人も気付かないほどのひどいペットロス症候群に陥っていたのかもしれません。

 

ペットロスを克服していたら変わっていた?癌の発見・入院、そして別れ

義母に癌が見つかったとき、医師から告げられた診断は「ステージⅣ終末期」でした。すでに治療が難しい段階にあり、緩和ケアが必要な時期だと伝えられ緊急入院が決定。私も夫も、そして義母も、皆頭が真っ白になりました。

 

しかし、本人と家族の意向から、できるかぎりの治療を行うことに。約1ヶ月の治療は義母の身体にはとても辛いものでしたが、この時期、義母が望むことは全て叶えたいというのが私と夫の望みでした。

 

そしてコロナ禍である現在、面会もままならない中、家族全員が望んだことは「最期は自宅で迎える」ということ。最期にこの望みが実現できたのは、親身に対応してくれた医療従事の皆様のおかげです。

 

義母の癌が見つかりこの世を去ってしまうまで、私も夫も身を粉にして過ごしたあの2ヶ月は、さまざまな思考を巡らせた長い時間でした。思い返せば一瞬のことのようですが、当時は1週間が1ヶ月もの長さに感じられたほど。

 

病院を受診する前日まで自分で車を運転して会社にも出勤していた義母。愛犬との別れから癌になったと決めつけることはできないけれど、ペットロスで心に抱えた苦しみをもっともっと取り除くことができたら、力になってあげられたら、未来は変わっていたのではないだろうかと考えない日はありません。

 

ペットロス症候群を軽視しないでほしい

医療 Photo by photoAC

ペットロスは心と身体に様々な影響を与えることから「ペットロス症候群」とも呼ばれています。ペットロス症候群はときに重大な病気を引き起こすことがあり、軽視できないものです。

 

かつては「使役動物」として人の役に立つために飼われていたペットも、現代では「愛玩動物」や「伴侶動物(コンパニオンアニマル)」と呼ばれ、より「家族の一員」に近い存在となってきました。

 

また、動物医療の発展により、犬や猫の平均寿命は年々長引いています。これは言い換えれば、ペットと人が共に過ごす時間が増えているということ。家族の一員として毎日を共にするペットとの死別は、家族を失うことと同義でもあります。

 

もし身近でペットを亡くしたばかりの方がいたら、辛い悲しみを一人で抱え込まないように話を聞いてあげてほしいと切に願います。

 

ペットロスを深刻化させないための心構え

LOVE Photo by photoAC

ペットと暮らせば、必ず自分や家族がその子を看取る最期を迎え、そのときには深い悲しみや虚しさが訪れます。盛大なペットブームでもある昨今、私たちはペットを迎えるとき、この事実をしっかり肝に据え、責任ある決断をしなければいけません。

 

同時に、現在愛するペットと暮らす方は、いつか必ず訪れるペットロスから自分や家族を守るためにも、ペットとの別れを度外視せず、受け入れる気持ちを育ててほしいなと感じます。

 

なぜなら、必ず訪れる最期のとき、ペットが安心して旅立てるように愛を注いであげることは、飼い主の使命と責任であるから。その子の最期をどのような時間にするのか決められるのは、飼い主以外の誰でもありません。

 

また「死」と聞くとネガティブに感じますが、先述のように、ペットは自分よりも先に旅立つ存在。

別れのとき、謝罪や後悔ではなく、最大の愛と感謝を伝えられるように飼い主自身が心の準備を整えておくことで、その子の最期をやさしさと愛情にあふれた時間にしてあげることができるのではないでしょうか。

 

そして、その子にとって幸せな最期を実現することこそが、ペットロスの深刻化を防ぐカギになるのだと思います。

 

愛するペットと暮らす方は、いつか迎えるその日をしっかりと見据え、どうか一日一日を大切に歩んでいってください。

 

おわりに

義母は自分が病に倒れた後も、「あのときこうしていたら……」と、自責の念や愛犬への後悔を語っていました。大の動物好きで「もし宝くじが当たったら恵まれない動物のために使いたい」と語っていた義母。そんな義母を苦しめたペットロスという心の病を、できることなら撲滅したい。

そして、もし今ペットロスに苦しむ人がいれば、自分の身に起きていることをきちんと知ってもらい、苦しまなくていいのだと伝えたい。

ペットロスによる悲しみの連鎖をこれ以上広げないためにも、ペットロスについての正しい知識を普及させられるよう尽力したいと思います。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。